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「立川からはじめる未来」 6: はじめまして(2) 素人の代表と、クリエイターのこと

再び自己紹介を。アートの専門家ではないと書きました。大学は法学部で外交史を、その後国連で働きたいと思い立って大学院で国際社会学を学びました。旧ユーゴスラビアやルワンダで民族紛争が勃発し、日本でも国際協力のあり方をめぐって議論が始まった頃です。

大学院を卒業して、新聞社でアートに関わる仕事につきました(なぜこの仕事をはじめたかを「ほぼ日」で振り返ったので参考まで)。けれどもそれまで、美術館や展覧会に足繁く通っていたわけではありません。大学4年の春から半年間、授業をサボって北米・南米・ヨーロッパを旅したのですが、その時はよく美術館にいきました。ニューヨークに初めて行った時、近代美術館(MOMA)でマティス展のTシャツを買いました。「Henri Matisse: A RETROSPECTIVE」と文字だけが書かれたブルーのTシャツ。展覧会は1年前に終わっていて、確かMOMAではなくメトロポリタン美術館のショップで売っていました。展覧会を見てもいないのに、何かかっこよくて、気に入って着ていました。この時「retrospective」の意味を知ったので、いまでも会話で「retrospective」と口にするとき、青いTシャツが脳裏に浮かびます。

さて、そんな程度の「浅い」僕が展覧会の仕事に関わったのですから、最初は苦労しました。アートの基礎知識や本質への理解が乏しいうえに、美術館の名前や場所すら知らず、先輩や学芸員と気楽に話すことができませんでした。最初の2-3年で担当したのが「妖精の世界展」「百済観音展」「イギリスの現代美術展」「古代エジプト展」「星野道夫展」「荒木経惟展」。アラーキーを除けばもともと興味もなくて、作品のことも知らない(アラーキーは大好きでした)。ただ、担当すれば新聞で紹介記事も書かないといけないので、展示作品や資料について学び、展示されない他の作品や作家自身のこと、時代背景といった周辺のことも調べていきます。すると、おもしろくなる。近代以降のアーティストは特にユニークだし、今に残る表現はどれも訴えかける力があります。

業界では未熟者でしたが、新聞社の担当者としては、こうした素人の目こそ大切ではないか、と次第に思うようになりました。例えば広報戦略を考えるときは、専門的な層より、「少し興味のある人たち」を意識するほうがうまくいきます。もちろん、作家や所蔵者との交渉、キュレーションや図録作りでは専門性は必要です。けれども自分にできることは専門家の真似ではなく、自身を「少し興味のある人たち」の代表に置き換え、その立ち位置を強化することではないか、と考えたのです。

勤めて8年目の2005年は大きな転機となりました。ひとつは「プーシキン美術館展」という大型の展覧会を中心となって担当したことです。企画した先輩からバトンを受けて、ロシアの国立美術館との交渉、輸送や保険、広報戦略や展示計画、商品化など全体を統括しました。特に広報戦略は「少し興味がある人」の目線を生かし、アートディレクターの大溝裕さんと、それまで当たり前のように作っていたチラシやポスターの機能を一から洗い直し、広告出稿とクリエイティブの関係を整理しました。結果「美しい絵を大きく見せる」ことをコンセプトに、A1サイズの巨大な予告チラシに始まり、当時珍しかったB0サイズの2連貼りの大型交通広告を出稿し(その後スタンダードになりました)、美術出版とタイアップした書籍『絵が「ふるえるほど」すきになる』(MAYA MAXX著)の発行、会場内のソファを大阪のgrafに依頼したりと、さまざまな策を講じました。目論見を大きく超える来場者を集めたことで、進むべき道が間違っていないことを確信できたプロジェクトでした。(このときのメインビジュアルは奇しくもマティスの「金魚」でした)。

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もうひとつは、「誕生50年 ミッフィー展」です。自分で発案した初の展覧会で、大勢のファンをもつ絵本ミッフィー(うさこちゃん)について、キュレーション、展示構成、解説執筆、図録制作、広報、商品化までを、荒削りながら、同僚と2人でこなしました。展覧会の役割は「もっと好きになってもらうこと」だと考えました。単なるキャラクターと思われているミッフィーが、実はオランダ生まれの絵本の主人公であり、作者がグラフィックデザイナーで、6色の特色で構成されて、といった知られざる背景や奥行きを知ることで、より愛着をもってもらう。キャラクター展に陥らないように、文化的な意義、展覧会としての役割と耐性にも注意しました。スタッフのユニフォームをコスチュームデザイナーのひびのこづえさん、図録のデザインはcozfishの祖父江慎さん、宣伝物は佐藤卓さん、展示什器を藤森泰司さんに担当いただき、オリジナルグッズはデルフォニックスがプロデュースする。力量あるクリエイターや組織が加わることで、展覧会の見え方や経済性がぐんと向上しました。当時の展覧会では、こうしたことはあまり行われていませんでした。

素人の代表として考えること。展覧会のポテンシャルを引き上げるためにクリエイターの力を得ること。今でも大切にしているこの基本姿勢は、2005年の2つの展覧会をやり遂げたことで自分のものとなりました。

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2020年6月、東京・立川の新街区「GREEN SPRINGS」内にオープンした美術館と子どもの遊び場を中心とする複合文化施設です。「ありそうでない」場所をつくるため、PLAY!が目指すもの、活動が拡張するプロセスや断片を、プロデューサーの草刈大介が、短い文章でたくさん書きます。
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