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「立川からはじめる未来」7: はじめまして(3) 考え抜いても失敗する

PLAY! の話をしていくために、ぼくの体験とそこで学んだ考え方について、もう少し知っていただいたほうがよいかと思いました。そこでもう2回、プロフィール紹介を続けたいと思います。

2005年に担当した二つの展覧会は事業として成功し、自身の経験としても実りあるものとなりました。この後、東京国立博物館での「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」(2007年)、東京都美術館での「ルーヴル美術館展」(2008年)などの大型展を担当し、手に入れた経験をもとに思い描いた成果を上げることができました。

職場では自分の持ち味が徐々にわかってもらえて、一定の信頼も得たように感じました。こうした状況の中で、2008年に「アーツ&クラフツ展 モリスから民芸まで」という大きな展覧会を自分で企画します。

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展覧会は、ウィリアム・モリスらが興した美術工芸運動「アーツアンドクラフツ」の考えが、ヨーロッパやアメリカ、日本など国際的にどう発展したかを、280点の作品でたどる意欲的な内容でした。モリスを多数所蔵するイギリスのヴィクトリア&アルバート美術館のキュレーションで、日本の開催館が民芸部門を調査し拡充する共同企画でもありました。

「生活のなかの芸術について思いをはせる機会となるでしょう」。チラシをこう締めくくりる通り、この展覧会は、鑑賞するだけでなく、考えさせるものでした。ここに僕は惹かれました。作品を見ることも楽しく、見たあとで美意識が生活の中に染み込んでいくような展覧会。暮らしや社会と接続するきっかけになる展覧会こそが、自分が今後関わるべきものだと感じました。

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この頃ぼくは、「考え抜いた戦略を実行すれば、失敗するはずがない」と自信を深めていました。理想と目標を掲げ、一番信頼のおけるプロフェッショナルとチームを組み、プロジェクトを進めました。この高い山を登り切れば新しい地平が開ける。そんな高揚感すらありました。

展示構成は京都国立近代美術館の研究員を中心に着々と進み、プロモーションにあらん限りのアイディアと労力を投下しました。内容を伝える正面からの広報宣伝は、ライトパブリシティ(当時)の国井美果さんから、展覧会としては画期的な豊かなコピー(「いちご泥棒と暮らしたい」「『民藝』は、欲しくなる」など4種)をいただき、アートディレクターの大溝裕さんとビジュアルを練り上げました。

さらに、一般的な展覧会ではまず行わない、展示内容とは無関係の遠回りな広報活動を展開しました。「LIFE & ART」をテーマとするキャンペーンの立ち上げです。ロゴマークをポール・コックスさんが手がけ、「生活とアート」をテーマに、永江朗さん、手塚貴晴さん、ソニアパークさん、祖父江慎さんら、各界で活躍するクリエイターにウェブ上で連載をお願いしました。(書籍化するつもりでしたが結局実現できませんでした)。

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「LIFE & ART」のエコバックや色とりどりの割引ステッカーをつくり、京都や東京で展覧会が開かれるのにあわせて、恵文社一乗寺店や青山ブックセンターといった独立系書店、オーバカナルなどのレストラン、IDEEなどのショップを巻き込んだキャンペーンを広範に行いました。ダイレクトに「展覧会を見にきて」と伝えるよりも、日々の生活や楽しみの延長線上に展覧会が置く方が、気軽に足を運んでくれるのではないかと考えました。

ソニアパークさんと一緒に「TOKYO ARTS & CRAFTS MAP」も作りました。アーツアンドクラフツの精神が息づく都内のショップをセレクトし、展覧会とあわせて巡って楽しもうという企画です。ライフスタイルを確立しおしゃれを楽しむ人々こそ、展覧会の価値が伝わるだろうという思いでした。モリスの図案「いちご泥棒」と東京の地図とが一体化した美しいマップを制作し、多くの店舗で配布を行いました。

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さらには、プロダクトデザイナーの深澤直人さん(現日本民藝館館長)に、デザインを学ぶ学生に向けたメッセージを寄稿いただき、割引機能のついたチラシを大学や専門学校で配布しました。潜在的な来場者像を細かく割り出し、それぞれに必要な情報を、ふさわしいクリエイティブで表す。緻密なコミュニケーションをひたすら実行していく総力戦でした。

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ところが結果はついてきませんでした。動員目標にははるか及ばず、事業としては失敗。会社での居心地はとたんに悪くなり、月例の報告会をさぼりました。経験のすべてを傾け、野心を持って誰からの指図もなく臨んだ勝負に完敗した。10年間のキャリアを全否定されたショックから、しばらく立ち直れませんでした。

会社に与えた損害を取り返さないといけない。そう思ってがむしゃらに仕事を増やしていく中で、徐々に冷静さを取り戻すことができました。いくつかの教訓も、浮かび上がってきました。ひとつは、どんなに展覧会がすばらしくても、経済的に失敗すれば台無しになってしまうこと。もう一つは、採算ラインは自らが規定しているということ。無理な目標を掲げるのは失敗の始まりです。そして何より大事なことは、考え抜いても失敗するということ。自分が思った通りになんか人は行動しない。頭で考えたことは間違えてしまう。これらはその後プロジェクトに臨む際の戒めとなりました。

この展覧会は己を知る、苦く深い経験となりました。一方、マーケティングの思考回路と様々な実験は大きな財産となり、さまざまな領域の方に出会い有意義な関係を構築した、かけがえのない機会でした。そして気持ちも立ち直ってきた2012年に、会社員人生のターニングポイントとなった2つの展覧会を担当することになります。

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2015年に開かれたポール・コックス展で、なつかしの版画を入手。